以前の職場で、読書が趣味だと言ったら
翌日上司が紙袋いっぱいにおすすめ本を持ってきて
貸していただいたことがある。
正直その時は、他に読みたい本があったし
紙袋に詰まった量の本をいつまでに読めばいいんだと
困るやら焦るやらでありがた迷惑だった記憶がある。
それでも幾つか良い出会いがあったのは確か。
レイモンド・チャンドラーの作品もそのひとつ。
探偵といえば、名探偵コナンかシャーロック・ホームズの二択だったが
彼の作品を読んでフィリップ・マーロウも私の中の探偵リストに加わった。
リストに載ったどころかめちゃくちゃ強い存在感を放って頭の片隅に鎮座している。
個人的にコナン・ドイルあってこその名探偵コナンだと思っているので
それまでは私の中ではホームズ一強だったけれど
また違った魅力がレイモンド・チャンドラーの作品にはある。
紳士的なホームズに対してハードボイルドなフィリップは
大変スパイスが効いていて「格好いい」の一言に尽きる。
男性ウケする作品なんだろうけれど、きっと女子もハマる気がする。
そんなフィリップの格好いいが詰まった一冊が
「フィリップ・マーロウの教える生き方」
チャンドラー作品の抜粋を集めた引用句集となっている。
フィリップのセリフや考え方が窺えて未読のタイトルとも出会えて
読んでいて楽しかった。
私が読んだことのある「大いなる眠り」
で好きな会話が抜かれていたので紹介する。
『「あなたは私がこれまで会った中では、誰よりも冷たい血を持った男よ、マーロウ。
それともフィルって呼んでいいのかしら?」
「もちろん」
「私のことはヴィヴィアンって呼んでいいのよ」
「ありがとう、ミセス・リーガン」
「あんたなんかくたばればいいのよ、マーロウ」』
これは依頼人の娘との会話で、車の中で交わされたものだったかと記憶している。
最後の一言でどれだけミセス・リーガンの声が低くなったか
そっけないものになったか想像できる。彼女と一緒に私も興醒めした。
これは相手を揶揄っているのか全く気がないか。
そんな簡単には靡かない感じとあしらい方が慣れている感じがして
醒めると同時に魅力的にも映った。
こんな感じで探偵マーロウの人となりが伝わってくる短い文章が
愛や女や死、煙草、コーヒーに至るまでのテーマごとに並んでいる。
チャンドラーを読む前でも後でも作品の雰囲気が確認できると思う。
探偵物を読むときに、どんなふうに事件を解決するか、
犯人とどんなふうに対決するのかをみるのも良いもかもしれないが
探偵の人柄や魅力を見つけて味わう読み方をする。
事件の解決、犯人との対決はミステリ作品が楽しませてくれる。
作品の外側から、第三者としてトリックを考えたり
犯人を炙り出してみたりはミステリでやる。
探偵物はミステリとはちょっと違う、作品の世界に入り込んで
登場人物の1人として読んだ方が面白い。
いくつになっても夢女子気質が抜けない私は
早々にフィリップ・マーロウに心を打ち抜かれた。
ちなみに私は「フィルって呼んでもいい?」なんて
恐れ多くて聞けない。そして聞いたところで許可は出ないんだろう。
他人の呼び方で揶揄われることもないんだろう。
上司から借りたのは短編だったと思うがそのあと自分でもチャンドラー作品を購入した。
それが「大いなる眠り」なのだが、どうやらうちの中で迷子になっているようで。
見つけたら、もう一度開いてみるのも悪くない。
ちなみに、若かりし私は人の本を借りてありがた迷惑だと感じたが
今ではとってもウェルカム。
持ち主の好きなところや気になるところに線や付箋があるとなお良い。
本ってその人の考え方だったり嗜好が詰まっている気がする。
だからこそ本屋さんで知人とばったり出会ってしまいたくはないが
借りるのも貸すのも楽しいだろうと思う。
喋る形の自己紹介が苦手な私は付箋も縦線もいっぱいの
お気に入りの一冊を出会った人に手渡したい。