面白さ★★★⭐︎⭐︎
好き★★★★⭐︎
おすすめ★★★★⭐︎
暮らしの手帖の編集長を務めた
松浦弥太郎さんの「今日もていねいに」
いつからか「丁寧な生活」という言葉がよく聞かれるようになった。
毎日の小掃除だったり、手の込んだお料理を作ったりお茶を淹れたり。
お花を飾るのも代表的な丁寧な生活だと思う。
わざわざそんなことしなくても・・・と
少し敬遠されていたり小馬鹿にされ気味な印象があるが
個人的にはとても良いことだと思っている。
慢性的に過ごしても、意識して過ごしても
日々は同じように流れていく。
それなら少しでも日常が自分にとって
「よかったな」と思える毎日を過ごしたい。
仕事や家事に勉強など、年齢を重ねるごとに
新鮮さが失われ、単調な毎日の繰り返しになってしまうから、
自分の暮らしにほんのちょっとでも彩りや新鮮さを取り入れたい。
そんな私の希望を叶えるためのヒントが詰まっていた一冊。
松浦さんの穏やかで丁寧な生き方が、柔らかな文章で綴られている。
「心のこもった食事」という話では
毎日の3回の食事は全て適当に済ませてはいけない。
空腹を素早く満たすため、忙しさを理由に考えなしに
コンビニに駆け込んではいけないと説いている。
食事はたとえ自炊出来なかったとしても
作り手の顔が見えるものをいただく。
機械で作られたものじゃなく、手作りのものを食べたい。
もちろん自分の経済的な事情や忙しさなどの制約はあるにしろ
その中で今の自分ができる最良の食事を考える事が大事なんだそう。
読んだ時にはさすがにストイックだなあという印象だった。
インスタントなものばかり食べていたら満たされないと。
満たされないから、カップラーメンにおむすびや菓子パンなどを
追加してしまうのだと。
自分はそこまで考えられない。
自炊も面倒くさくて腰が上がらない時もある。
食べることさえ億劫に感じる時だってある。
そんな自分がダメだと言われた気がしたが、
出来ないなら出来ないで良いのだと思えた。
三食インスタントでも良いんじゃないか。
その代わり次の日には三回とも手作りのものを用意する。
自炊出来なかった、一番良い食事ができなかった自分を
責めたりする必要もないのだと思った。
結果的に自分の生活が彩られて、心身ともに健康になれば良いのだとすると
丁寧に暮らせない日があっても構わないと私は思う。
食事とはダイレクトに内容が体にも精神にも影響する。
「健全な魂は健全な肉体に宿る」という言葉の通り
まずは自分が健康であることが一番。
丁寧な生活に縛られて苦しかったらそれは健全な肉体ではなくなってしまう。
自分のできる範囲で手の届く範囲で少しづつ食事を見直していこうと思った。
健康的に終わりまで人生を楽しむためには、
確かにジャンクフードばかりでは良くない。
気持ちやキャパにゆとりがある時、少し手間暇かけてご飯を作ったり
自分のために丁寧にお茶を淹れたりしたいと思う。
また、作ってもらったらしっかり味わって感謝も忘れないようにしたい。
料理にしろ他のものにしろ、人が手で作ったものには
作り手の想いが込められている気がする。
その想いに自分なりに精一杯応えるのが「丁寧な生活」なんだろう。
料理であれば「いただきます」と「ご馳走様」は忘れずに
物であれば、最後まで大事にそしてその物に見合う自分になれるように
自身の身なりも整えたい。
それが想いに応えることだと思う。
全てを完璧にしなくても、自分にとってのほどほどを探す。
休日の一時間だけでも自分のために「丁寧な生活」を真似してみると
案外満たされたり、何かが変わったりするのかもしれない。
忙しくて単調な日々を繰り返す大人の処方箋だと考えれば
ハードルは下がるんじゃないだろうか。
一ミリでも自分を穏やかに出来たらそれは「丁寧な生活」だと思う。