面白さ★★★★⭐︎
おすすめ★★★⭐︎⭐︎
子供のころに何度かアニメでは観ていた「アルプスの少女ハイジ」
お気に入りのお話のひとつでずっと心の中にある。
アニメと原作とに違いがあまりないと耳に挟み読んでみた。
確かに、ハイジの人柄はアニメでも忠実に再現されている。
オンジもそこまでかけ離れていない。
個人的にはペーターはアニメよりも原作の方が
ぶっきらぼうで人付き合いが下手な印象を受けた。
足の悪いお嬢様クララとの絆を深めていく描写も
ちょっと物足りないと感じた。
クララが好きなのでもう少しハイジと2人で
遊ぶ様子が読みたかったというのが正直な感想。
まあ、こんなものなのかも知れないが。
原作は少し聖書の内容に触れている。
新約聖書の「放蕩息子のたとえ話」の部分。
ある男に2人の息子がいて自分の財産を2人に分け与えたところ
兄の方は堅実に暮らし弟はすぐにお金に変えてしまい
家を出て好き勝手に暮らすが、貧しくなり
父親の家に雇人として置いてもらえないかと頼む。
父親は帰ってきた息子を許してもう一度息子として扱うことにした・・・。
という内容であり、作中ハイジが気に入った話の一つ。
このたとえ話をフランクフルトでクララのおばあさまから教わり
アルムに帰った後もおじいさんに聞かせる。
この部分がアニメではゼーゼマン家の図書室の中の
「秘密のお部屋」にある絵画を見るという描写に変わっている。
はっきりとは覚えていないがおそらくレンブラントの「放蕩息子の帰還」が
かかっていたのではと想像する。
この描写の描き変えが巧みすぎて制作側の手腕を思い知らされた。
キリストが神の慈悲深さを説いたとされるたとえ話で
よく知られているよう。
私はハイジのように直球で好きにはなれなかった。
むしろちょっと怖いと感じる話だ。
貧しくなって帰ってきた息子のことを父親は
「今までは死んでいたが生き返った」と言って
弟が歓迎されているのに難色を示す兄を諭した。
ちょっとウィキペディアを覗いてみると、この話は忠実な信者が陥りやすい
精神や傲慢さに対しての警告でもあるんだとか。
これに神が絶対というキリスト教の信じる熱を感じて
私は少し圧倒された。
彼らにとってキリスト教の神を信じなければ
死んでいるということ・・・?
そんなふうに捉えてしまった。
この他にも、おばあさまはハイジに神様についての話をする。
今が辛いのなら毎日お祈りをすること。
すぐに現状は変わらなくても信じて待つこと。
神様はなんでもご存じで、その人の一番良いように配慮してくださるから。
そんなふうにハイジに教える。
私が日本人だからかここまで神様を信じることがよくわからなかった。
祈ってばかりでは何も変わらないんじゃないか。
神様を信じられるのはそれだけ心に余裕があるからなのではとも思う。
本当に奇跡だとか神の救いが必要な人は祈るという気力すら湧かないのでは。
そういうと「お祈りを怠っているからだ」と言われて堂々巡りになる気がするが。
アニメに比べて原作は信仰だとか宗教についての描写が多く
キリスト圏の人々はこんな価値観なんだなという印象が持てる。
宗教観以外にもアニメとの違いを探すのは楽しかったし
村から離れて暮らしていたおじいさんをハイジが
説得して村人たちと和解させた場面はなんだかほっこりして
年甲斐もなく感動した。
それが「放蕩息子のたとえ話」を聞かせる場面なのだが
オンジの改心には素直にいいなと思えた。
また厳しい冬が過ぎた春夏のアルムの花畑の描写が具体的で
冬の長さ、暖かな日差しの貴重さが感じ取れる文章も好き。
もう少し早く読んでいればよかったなと思える作品。
作者のヨハンナ・シュピーリはハイジを通して
真っ直ぐに神様を信じること、辛いことも神様からの贈り物で
乗り越えることで自分の糧になる。
意味のないものではないんだと伝えたかったのかな。
解説の欄にシュピーリは大変優しい女性だったとある。
そんな作者の人柄が伝わってくるようなあたたかな作品。