面白さ★★★⭐︎⭐︎
好き★★⭐︎⭐︎⭐︎
おすすめ★★★⭐︎⭐︎
先日の読書会の課題本でもあった東野圭吾さんの「秘密」
ガリレオシリーズのイメージが強くあったため
がっつり謎解きをするつもりで伏線かと思われる箇所に
付箋を貼りまくったが、ミステリとは少し違った
ヒューマンドラマのような作品だった。
内容は、長野の実家に帰るためスキーバスに便乗していた
母娘、直子と藻奈美が事故に巻き込まれ
一時は両方とも助からないかに思えた。
しかし、母親の直子が亡くなった後
娘の藻奈美は回復した。
父親の平介は愛娘が助かっただけでもと気持ちを持ち直したが
喜びも束の間で、娘の体に亡くなったはずの直子が憑依していた。
そこから、平介と直子の秘密の生活が始まる。
同時に平介は事故が起きてしまった本当の原因を探っていく。
個人的には直子にずっと共感し通しだった。
立場が似ているせいか、彼女には感情移入がしやすかった。
娘として生きながら、主婦業もこなす生活は大変だっただろうが
途中まではどこか、直子も直子として生きていたのかなと思う。
だから、しんどくても家事をこなせていたのかもしれない。
子供部屋を事故以前のままにしていたり
娘の勉強机に座って、姿見を見たりした場面では
やっぱり母親なんだなと切なくなった。
読者も平介も、直子が藻奈美の姿で普通に生活しているため
母子共に無事に帰ってきたんだと時折錯覚してしまっていたのだろう。
でも、藻奈美は体だけは助かっても意識としてはどこかに行ってしまった。
いないのは直子ではなく藻奈美であり
平介と直子は一人娘を亡くした夫婦に変わりはないのだ。
それに気づくとなんとも物悲しく救いがないように思う。
自分が直子の立場でも、子供部屋はそのままにするだろうと思う。
ベッドのシワがそのままなのも、いなくなってしまった娘の息吹を
少しでも残しておいて確かに生きていたことを感じとるためだろう。
人が亡くなった後、どうしても残された側は立ち直って
生活を続けていかなければならない。
その過程で、故人と過ごした日々が大なり小なり過去のものになっていく。
それが直子には辛かったんだろうな。
また、直子が直子として生きているんだと感じる部分が
事故の後、娘の担任と平介がなんとなくいい感じになった時。
年下の先生を直子が軽く下げている描写がいくつかある。
家での呼び方も「あの子」「彼女」「若いから」
なんとなくマウントをとているように感じる。
運動会に先生が作った卵焼きに対して「味がしつこい」という感想も
何気なく言った言葉の裏にきつく冷たい感情がある。
自分は側から見れば平介の娘であり、夫はシングルファーザーになってしまった身。
再婚だって考えてもいいというのは、直子自身も理解はあったんだと思う。
でも本音は複雑だったんだろうな。
「別に私は『お父さん』が先生といい感じになっても気にしませんよ」
というふうに振る舞ってはいるけど実際は、ちょっと面白くない。
本音と建前が離れすぎていてモヤモヤしたんだろうな。
こんな余裕と嫉妬が混ざった感情は自分でも心当たりがある。
直子ほど込み入った状況じゃないにしても
友人のちょっとした幸福や職場の同僚が何でもうまくいっていると
一緒に喜ぶ振りをして内心ちょっとざわつく。
多分、家庭環境や結婚出産で人生が大きく分岐する可能性が高い
女性に多く見られる感情なのだと思う。
1人で生きていくには何かとしんどい状況をどうにか回避したいという
思いから湧いてくるんだろう。
直子が自分は、短大まで出ているのに生きていく術を何も学ばなかった。
だから、藻奈美には1人でもやっていける自立した女性になってほしいと思っていたと
話した時に、平介にはイマイチ理解できなかった細かいニュアンスまで
私には伝わってきた。
平介に、自分の妻として専業主婦でいた事がが惨めで不幸なのかと問われて
そうじゃないんだけど、自分も自立していた方が不安も減るし
選択肢も増えるという考えは誰でも一度は考えた事があるだろう。
しかもある程度人生が決まってから思い直すことが多い。
また、夫に不満を持ちながら自分が自立できないから
仕方なく一緒にいることがとても苦痛だと思うという意見も
よくわかる。
物語の後半の展開は、二度目の人生を与えられたからか
いつか戻ってくるかもしれない娘の意識のためかは分からないが、
直子が女性が漠然と常に感じている
不安やしんどさを回避するために選んだ進路なのかなと思う。