アガサ・クリスティーの作品は初めて読んだ。
想像していたよりも小難しくなく、
展開も早くて読者をどんどん引き込む魅力があった。
しっかり読め込めば犯人が分かりそうな文章も
読み手を楽しませてくれる。
初めて真面目に犯人探しをしたミステリであり
謎解きの間、ずっと楽しかった。
読み終わってしまったあとは
言葉にできない喪失感があり、
記憶をなくしてもう一度読みたいと思う。
作者の、アガサ・クリスティーは
英国のデヴォンジャー県トーキーという
観光地で産まれ、父親は地主であり
裕福な家庭で育ったのだという。
母親は「変わり者」で知られており
アガサの読み書きの教育は全て母が行った。
兄と姉がいたが、上の二人は学校に通っていた。
幼い頃は姉と一緒に物語を作って遊んでいたが、
彼女が寄宿学校に入ってしまうと
家の使用人やメイドと遊んだり
庭園で空想上の友達と一人遊びをしていた。
変則的な教育の影響はアガサが
文字を覚えた後も、独特のクセを残してしまう。
このことが、作中の「U・N・O」から「unknown」
の発想を生み出したのかななんて考える。
大変内気な性格だったようだが、
観光地の産まれというのもあってか
旅行には好んで出掛けていた。
速水健朗「クリスティーと観光」の中では
少女時代の家族旅行や、考古学者だった二番目の夫との
遺跡発掘などがミステリを書く動機になっていたとされている。
ミステリと観光が結びついている作品は
多数あるが、アガサの作品ほど観光が
取り上げられているものはない。
「そして誰もいなくなった」を書き上げたのは
1939年11月であり、戦争の直前であった。
欧州の国が次々に侵略され、英国もいつ犠牲になるか
分からない緊迫した世の中であり、その張り詰めた空気を、
登場人物たちが一人ずつ姿の見えない殺人鬼に
殺されていくという作品構成に反映したのではないかと
考えられている。(東秀紀「アガサ・クリスティーの大英帝国」)
個人的には出来すぎのような気がする考察であり、
東氏自身も、アガサがどこまで世間を読んでいたかは
分からないとしている。
それでも、世の中の緊張感は感じていただろうし
そんな考えを読んでみるのもまた楽しい。
この作品は、兵隊島のモデルとされている
ビッグベリー湾内のバー島にあるホテルで
書かれている。
実際には、本土から白い砂浜が見えて
陸続きになっている。
バー島を海側から見た姿は岩山であり
作品の中では、島の外観が反転している。
陸から離れている設定と外見を反転させたことで、
日常から完全に切り離される事が
休暇の喜びではなく、孤立してしまうという
不安感を煽っているように思う。
ボートで島の反対側に行った時に
初めて見えるリゾート地やモダンな邸宅も、
実際に行った人でないと知る事が出来ない為、
観光で来た人にとっては内容がよく分からない
得体の知れない怖さを感じるだろう。
陸からの見え方が、「人の頭のよう」なのが
個人的に正体の分からないオーエン氏の
後ろ姿を連想して鳥肌が立った。
何なのかよく分からない物ほど
怖いものはない事を、鮮明に訴えられる。
人の怖いもの見たさを刺激する始まりの部分も
作品に引き込む要素なんだろう。
誰かと話さずにはいられないほど
充実した時間を過ごし、終わればちゃんとロスになる。
ミステリ作品の楽しみ方をしっかり実行できた一冊。
小説を読んで、作者のことも気になったので
興味本位で手に取り楽しく読んだ
筑摩選書「アガサ・クリスティーの大英帝国」も
ブログを書くにあたり参考になった。