レトロな雰囲気がハマった乙一さんの探偵小説。
ミシェルの町に住むリンツ少年が母親と一緒に暮らしていた。
リンツの父親は戦争で故郷を焼かれ逃れてきた「移民」だった。
移民の息子として周囲の冷たい態度に晒されながら
それでも学校に通い友達もいて、母親からも大切にされ
まあまあな生活をしていた。
そんなある日リンツは、悪名高い怪盗ゴディバのものと思われる地図を見つける。
正義のヒーローともてはやされる探偵のロイズに手紙を出したところ、
興味を持たれてリンツの元へ訪ねてくる。
一昔前の外国の田舎町を思わせる世界観に夢中になりつつ
チョコレートの銘柄の多さにびっくりする。
登場人物のほとんどがチョコレートのブランド名か
チョコレート菓子の名前になっている。
ゴディバが悪役側なのも何となく合っている気がする。
敷居が高くて近寄りがたいイメージが
人々に寄り添うというよりも、なかなか捕まえられない
ミステリアスな怪盗という立ち位置にしっくりくる。
ちょろっとネットを見てみたらロイズは少しリーズナブル。
チョコレートに詳しくなくてもゴディバの名前は
知っている人も多いと思う。
私はロイズというブランドはこちらの作品を読むまで知らなかった。
リンツも名前は知っていたし、リンツ少年の母親のメリーも
よく知っているブランドで何度か口にしたこともある。
価格や知名度で圧倒的に勝るゴディバに立ち向かう役柄に、
少しマイナーなブランドを持ってくるところも面白い。
リンツは北海道の会社で「本場、ヨーロッパに負けないチョコレートを作りたい」
という思いから創業したのだそう。
まさに、作品の中でゴディバを追いかけるロイズの姿と重なる。
ちなみにゴディバの由来はレディ・ゴディバという伯爵夫人から取られている。
彼女は重税に苦しむ町民たちのために領主である夫に税金を下げるよう
頼み込んだというエピソードがある。
「貧しい人たちのために」という気持ちも何となく作中のゴディバと重なる。
読んでみると、何となくこんな感じの物語が好きで
ずっと昔に見聞きした事があるなあという印象を受ける。
王道だけれども、ありきたりという感じでもない。
頭脳明晰で容姿端麗な探偵と
少し間が抜けている太っちょの探偵助手
そして、田舎町に住む貧しい少年という組み合わせは
デコボコしているようで、絶妙なバランスがあり
ハマる人も多いのではないかと思う。
各々の心境はどうあれの目的を同じくした3人組を敵味方が取り巻き
テンポよく進む物語に惹き込まれた。
ファンタジーやら冒険やらに素直にワクワクした子供心を思い出した作品。
若くて綺麗なメリーは人から好意を向けられるが
その息子のリンツは母親とは対極の態度を取られる。
本人は怒りも悲しみも湧かなくなっていた印象だけど
読み手には、母親と並んでいる時に
「移民の子供」扱いされるのが物悲しい気持ちになる。
終盤に本当の味方だった人たちだけが
リンツ少年の事を友人として接する場面が好き。
他の人から冷たくされている同情とかはなく、
当たり前に普通の挨拶をする。
ほんの一瞬の、さりげない場面だけれど、
そのさりげなさに心が温まった。